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あれから一年・・・。

東日本大震災から一年が経ちました。
あの日、大変なことが起きたことはわかりましたが、
職場にいては全く外の状況がわからず、
あとから知ったことがたくさんありました。
忘れないようにするために、思い出せる範囲で
まとめておこうと思います。

長くなりそうなので、続きからどうぞ・・・。
震災が起きた一年前の3/11は、
MUSICAは子ども達が下校したあとの掃除をしていました。
大体片付いて教室に戻ったとき、グラグラと大きな揺れがきました。
教室にあるラジカセのスイッチを入れ、ラジオで情報を得ました。

放課後は、いくつか打ち合わせが入っていたのと、
次の週の準備をすすめることになっていました。
そして、夜は退職される予定の先生を囲んで、
お疲れ様会を行う予定だったのです。

あまりに大きな揺れだったし、その後も続く余震のため、
夜の部は延期することになりました。
打ち合わせは、余震が続く中実施されました。
交通機関が止まっているという情報も入っていましたが、
バイクで通勤していたMUSICAはとりあえず大丈夫。
夕方は道路がものすごく渋滞していたということを聞いたのは、
だいぶ時間が経ってからでした。

携帯がしばらく使えなかったので、
家族の安否がわからないままでしたが、
周りの教員が帰宅し始める頃には無事確認できました。
そして、停電情報がぼちぼち入り始めます。
職場のライフラインは全く問題なかったのですが、
MUSICAが住んでいる地域の電気が止まっているという情報がありました。
それをどうすることもできないのですが、一応・・・と思い
向かいに住んでいる友人に電話。
無事電気も通っていることが確認できました。

しばらくして、電車通勤している教員が帰宅できないため、
学校に泊まるということになりました。
卒業式前で、仕事が山のように積み重なっていたMUSICAは、
この時点で、「よし、今日はできるところまでやりきって帰ろう」と決心し、
ひたすらパソコンと格闘することになりました。

結局22時くらいまで職場に残り、卒業式関係の準備を進めました。
仕事も一段落ついたし、道路状況もだいぶ落ち着いてきただろうと考え、帰宅することにしました。
そのころだったと思います。
ふと「舞浜はどうなっているんだろう?」と頭に思い浮かんだのは・・・。

MUSICAの通勤ルートには、大きな橋があります。
その橋を渡ったら、とたんに真っ暗になってしまいました。
橋の向こう側は停電していました。
大きな交差点には警察官がいて誘導していましたが、
警察官がいないところも多く、安全確保が大変でした。
皮肉なことに、夜空にはたくさんの星と明るい月が輝いていました。
行けども行けども信号機は消えたままで、
「本当に家は電気が来ているんだろうか?」と不安になったほどでしたが、
だいぶ近づいたところで、やっと街灯がつき始めました。
家もちゃんと明かりが点いて、暖も取ることができました。
その後は、テレビで緊急特番に見入っていました。

何時ごろ眠りについたのかおぼえていませんが、
テレビの前からずっと離れられなかったような記憶があります。

次の日は土曜日で休日。
元々午前中から買い物に行く予定だったので、
お店の開店時間に合わせて出発。
家電量販店にも行ったのですが、
今考えれば、そこで乾電池を買っておくべきでした。
幸い、ディズニーカウントダウンのために準備したグッズの中に
緊急時用のラジオ付き懐中電灯(手回しで携帯にも充電できるもの)が
あったので、万一に備えて手の届くところに準備しておきました。
スーパーで食料品も購入したのですが、
その時点ですでにパンはほとんど売り切れていました。
他のものは大体手に入りました。
さらに今考えれば、その時点でガソリンも入れておくべきでした。

その前に、このような有事の際は、
学校が避難場所になる可能性があるので、
できるだけ駆けつけなければいけなかったらしいです。
ということは、帰っちゃいけなかったんじゃない?ということなんですが・・・。

その後は、日曜日に行っている吹奏楽の練習も中止になり、
学校も一週間休校になりました。
卒業式も形を変えて行うことになり、
誰もが先が見通せない中で、その時々で対応せざるを得ない状況でした。
体調にも影響が出てきて、休みを取りながらも何とか乗り切った3月でした。

あれから一年、
MUSICAの周りでは、震災前とほとんど変わらない生活が送れています。
本当にありがたいことだと思います。
仕事上は、緊急避難のマニュアルに大掛かりな手術が加わり、
今もなお改定されていることや、
子ども達の防災グッズに変化が見られたりして、
防災に対する意識の高まりが目に見えて分かります。

あれから一年ですが、まだまだ一年。
進んだところもあれば、手が行き届いていないところもあると思います。
気持ちの面でも、前向きになれるところとそうでないところと
それぞれだと思います。

この経験をどう生かしていくか、
今できることは何なのか、
そんなことを考える3/11にしたいと思います。
そして、少しずつでも復興に向けて力添えができればと思います。

最後に、東日本大震災の被害にあわれた方に心からお見舞い申し上げます。

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